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逆境も症状も人生にはなくてはならない必要なもの
人生には逆境があります。

何をやってもうまくいかないときのことです。

そういう時は、やることなすこと

悉く裏目です。

「いつも自分は反対の方を選んじゃうから・・・。」

と反対を選んでも裏目です。


では、こういう時は

落ち込むのが正解なのでしょうか?

私はそうは思いません。

私は、
そういう逆境も人生にはなくてはならないもの

であると考えています。

「なぜ、辛くて、悲しいことが

人生に必要なんですか?」

誰もがそう思うでしょう。

自分の人生に、

辛くて悲しい事なんて

ない方が良いに決まっている。


もっともな話です。


ここで少し話題を変えます。

皆さんは、光をどんな時に意識しますか?

「光を意識するとき?」

そもそも、皆さんは光を意識したことありますか?

「そりゃ、いつも・・・・。」

本当ですか?

皆さんが光を強く意識したときがありました。

それは、今から6年前の

2011年3月11日(金)の夕方

18時過ぎくらいから

皆さんは光を猛烈に意識したはずです。

そうです。

あの日、あの時、私たちの生活から

電気が無くなりました。

そして、私たちは光を奪われたのです。

私たちは、光を奪われ、ろうそくを灯しました。

その光は

あまりに小さく

あまりに心細かったけれども

なんと有り難かったことか。


停電が2日ほど続いたでしょうか。

3月11日(日)の夜9時ごろだったと思います。

高台にあった私の家から

下に広がる町並みを眺めていると

一斉に家々に灯りがともり始めました。

そして、その数分後に

私の家にもあかりがつきました。

なんと、嬉しく、

なんて心強かったことか。

そして、なんと有り難かったことか。


私は、光を失って初めて

光の有り難さを知りました。

あって当たり前の電気の光の有り難さに

気づくことが出来たのです。


最悪と思える現象は

いつでも私に何かを教えるために

起こっているのではないか?

あって当たり前の幸せに感謝できるように。

そう考えるようになりました。


私は闇によって光の有り難さを知りました。

逆境もまた同じ事ではないでしょうか?

病気によって、健康の有り難さを知り、

誰かを失うことによって、

その人の大切さを実感する。



ですから、私は何もない毎日が有り難いです。

ただ、健康でいるだけで嬉しいし、

家族が元気でいるだけで幸せです。


金がない。

家がない。

車がない。

学歴がない。

そんなことを嘆くよりも

今、家族が健康で

明るく楽しく生きていられる。


そっちの方が大事な気がします。

家族の誰かが病気になったら、

仕事よりも家族に意識を向けることが大事です。

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テーマ:スピリチュアル - ジャンル:心と身体

[ 2017/02/09 08:38 ]

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