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小ジワとシミに飲んで効く医薬品!



★☆★ 国内唯一 小ジワ・シミに飲んで聞く医薬品 ★☆★

薬剤師の夫が、愛する妻のために作りました。

女性用保健薬 『ロスミンローヤル』- 第3類医薬品

ロスミンローヤルの3つの特徴!

Point1:女性用保健薬 体の内側から効く第3類医薬品

ロスミンローヤルは、小ジワ・シミ・そばかすの効果が認められた
第3類医薬品です。
健康食品やサプリメントではなくお薬ですので、正しく服用することで
小じわ。シミ・そばかす等のお肌の悩みに、体の内側から効果を発揮します。

Point2:国内唯一 小ジワに"飲んで聞く"医薬品

しみの効能・効果が認められた医薬品は他にありますが、『小ジワ』への
効能が認められているのは、国内で唯一、ロスミンローヤルだけ。(2013年6月現在)

見た目年齢の若返りには欠かせない、小ジワとシミのダブルの効果で
お肌本来の美しさを取り戻します。

Point3:9種類の成約成分を含む、22種類の有効成分

・美肌と血液の深い関係
女性に多い冷え性・血行不要・一件関係なそうにも思えますが
これがくすみやシワの一因になっていることも。
血行が悪いとお肌に充分な酸素・栄養が不足して新陳代謝が遅くなり
新しい細胞を作り出すことができません。

その結果、肌のうるおいや弾力が失われてシワになりやす状態です。

・血の巡りを良くしてシワになりにくい肌質へ
ロスミンローヤルは、13種類の有効成分に加え、結構や新陳代謝を
整える生薬成分9種類を配合。すでに受けてしまった肌ダメージはすみやかに
回復させながら、生薬の血で結構を怪人し、紫外線によるトラブルから肌を
守り、若々しく保ちます。

詳しくはコチラをクリック⇓


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テーマ:美容と健康 - ジャンル:心と身体

[ 2013/10/20 17:01 ]

| 健康 | コメント(0) | トラックバック(0) |
3分でわかる!黒田官兵衛とその息子黒田長政の皮肉な運命!
秀吉の天下統一を支えた天才軍師

黒田官兵衛。

その息子、黒田長政との皮肉な運命のお話。


秀吉亡き後、天下統一を目論む徳川家康。

その家康の好きにはさせまいと名乗りを上げるのが

石田三成でした。


二人が天下の覇権をかけて雌雄を決したのが

世に言う「関ヶ原の戦い」です。



この関ヶ原の戦いを遠く、九州の地から傍観していた

武将が居ます。それが黒田官兵衛です。

黒田官兵衛は、九州にいながらにして天下の夢を

描いておりました。



黒田官兵衛は表向きは

徳川方に組みする形をとりながら、関ヶ原にむけて出兵したため

空城に近い、九州の西軍方を攻め勢力を拡大し、

九州の地に一大勢力を結集して、中央に進出し

疲れ果てた関ヶ原の勝者と雌雄を決するつもりでした。



しかし、黒田官兵衛に誤算がありました。

それは、日本を二分する天下分け目の大戦が

まさか、半日で決着するとは黒田官兵衛以外にも

誰しもが思いもしなかったのです。


戦上手の黒田官兵衛にしても、この関ヶ原

5年は続くと考えていたのです。



しかして、その天下分け目の大戦にて

徳川方の圧勝に力を貸したのが

黒田官兵衛の実子、黒田長政でした。



教科書上は、徳川方の圧勝としか伝えませんが、

当初は秀吉子飼いの武将が世の中にはまだ多く、

徳川の好きにはさせないとしていた石田三成を

推す大名の方が日本中には多かったのです。



その状況を一変させ、秀吉子飼いの武将達さえ

徳川方に引き込んだのが父親譲りの調略上手の

黒田長政だったのです。




父親の天下統一の目を潰したのが、

父親譲りの調略上手の武将、黒田長政という事実。



これ以上の皮肉がありましょうか?





テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

[ 2013/10/03 23:17 ]

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すぐわかる『黒田官兵衛ってこんな人』
『軍師官兵衛』がNHK大河ドラマで始まります。

この官兵衛こと、黒田官兵衛は黒田如水、

または黒田孝高とも呼ばれています。

一地方の武将に過ぎなかった黒田官兵衛を秀吉は

その才能を見抜き部下に加えます。


そして、当時織田信長の家臣であった秀吉の元で

軍師として働き出すのです。


織田家にあって、巧みな調略(策略、敵をまかしたり、内通させたりすること)

で出世してきた秀吉は同じように調略に才能を発揮する

黒田官兵衛を重宝がるのでした。


黒田官兵衛の有名なエピソードがあります。

織田家の天下統一のために西国平定に奔走していた秀吉ですが

その途上、本能寺の変で信長が死ぬのでした。

その時、秀吉が交戦中だった毛利輝元と和睦(戦争休止)して

信長を殺した明智光秀を討つべきだと進言し、

秀吉にこれを実行させるのです。


これが世に言う『秀吉の中国大返し』です。

この大転換がなければ豊臣秀吉の天下統一もなかった

と言われています。


これほど、秀吉の天下統一に貢献した黒田官兵衛ですが

秀吉の天下統一後は、その才豊かゆえに危険人物と

目されるのでした。




黒田官兵衛がどれほど大きな手柄を立てても

決して秀吉は官兵衛に大大名には任じませんでした。


それは、周囲の部下達にもおかしく写り、

秀吉が近臣に問われると、秀吉は近臣にこういったと言います。


「黒田に100万石でも持たせたら、
天下を奪われてしまうわ!。」



当時すでに天下の覇者であった秀吉から

たった100万石すら与えることを拒まれたのです。


その才ゆえに、異例の出世した黒田官兵衛。

しかし、その才ゆえに引き上げてくれた秀吉から

疎んじられるのでした。



ひょっとしたら、何もないところから身を起こし、

立身出世を果たした秀吉が、黒田官兵衛の中に

自分に通ずる何かを感じ取っていたのかもしれません。

テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

[ 2013/10/01 09:47 ]

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